怠惰
憮然としていた。
じっとりと湿った夜が六畳一間に蔓延る、真夏。
女は石灰が混ざったような汗粒を額にたらし、シュレーゲルの夢を見ていた。
水が絶えた水田脇の溝の中、藻のにおいが染み付いた陽炎が身体から水分を奪ってゆく。
仰向けになった腹はひくり、ひくりと動き、横では生きながらにして干からびてゆく我が子を見ながら、動くことすら叶わず、口から弱々しく泡が溢れ出る。
その姿の、なんと無様なことか。
雨が降ればいいのにと白んだ眼で何度おもったことだろう。いっそのことすべて、流されてしまえば、救えなかった全部が報われるのに。
常夜灯の中で鈍く動く電気虫を見ながら、女は一人の男を思い浮かべていた。
愛していた。軋んだ髪を骨張った指で梳かれたとき、確かに。
ベッドの上は海であり、波打つ色情に抗えば抗うほど甘やかな快感を呼ぶ。
シーツをつかみ、うねる欲にその身を任せれば、微睡み。
女は少女のように愛を乞うことはしなかったし、男もまたそれを望まなかった。
唇が切れ、シーツの上で破瓜の証にも見える赤い皮肉を横目に、自身の腹を撫ぜる。
腹には男の子どもを身籠っていた。
子を孕んだことがわかったとき、女は言い様のない焦りを感じた。
自身の中で動く熱。この子は、静かに、ゆっくりと、自分から命を奪ってゆくのだと。
男との間にあった甘美な情欲は、このちいさな命が丸ごと喰いつくしてしまったのだ。
男はきっともうこの部屋にはこない。
鏡のようなひとだったのかもしれない。自分がはしたなく求めれば、あの人は同じようにしただろうか。
額から流れ落ちた汗が畳に染み込み、一定の湿度を保った部屋で女が一人。
腹からなにが生まれれば愛することができるだろう。
たとえば、おたまじゃくしとか。
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