ペトリコール
雨のにおいがした。
このにおいには名前があるらしい。誰と肌を重ねても、未だ心のなかで燻り続ける感情がもし自分で消せたなら。そうしたら、哀切なんていう言葉はこの世から無くなってしまうのだろう。
こころを絞られ湧き上がる、行き場のない感情を瞬きに押し込める。
じわりと生ぬるい、焦がれるようなにおい。私ならなんと名前を付けるだろうか。
目の前に置かれた紫苑の花束を見て、あなたに手を伸ばす。
いつか、花言葉なんて知らないあなたが贈ってくれた花。想いが咲いた日は、いつだって雨が降っていた。
「どうか、しあわせに」
どうか、しあわせに。永遠にすがる私に、このにおいにぴったりの名前。降りだした雨のなか、冷たいあなたの頬に私の手はもう届かない。
懐かしい温度も、焦がれるにおいも、このこころも消えてはくれないのなら、せめてこの想いだけは。
身体に染みついた淡い痛みが愛おしい。ペトリコールが香るころ、いつかあなたを忘れる日が来るのでしょう。
永遠は、思ったよりも早く終わるのだから。
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